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7月20日

安倍自民党大敗を予想する

安倍自民党大敗を予想する        2007-07-20

私は普段アルバイトをしておりません。したくても歳が
歳でありますし、おまけに、毎日は働きたくない。でき
れば月水金くらいに1日5-6時間の仕事ならやって
みようかなどと思っているから、そんなもん有る訳無い。

それでも、インターネットの就職サイトに登録だけはして
あるので、毎日のように、こんな仕事があるよと言うメル
マガが届く。あれは、実に便利なものだ。この時期、
選挙の直前とあって、短期の、突発の仕事が急増する
時期です。そうなると、いつも引っかかる年齢制限なし。
面接も有るには有るがfree pass同然、履歴書も出すが、
派遣会社は中を見もしないでどんどん採用。

行ってみたら、有名な世論調査会社の電話世論調査の
仕事でした。コンピューターで無作為抽出した番号に
電話して。今度の選挙に行きますか?安倍内閣を支持
しますか?何党に投票しますか?これを朝から晩まで
やり続ける。

こういう仕事の内容は職務上知り得た秘密だからバラし
てはいけないが、正確に統計処理した内容となると、
これは重要な情報となり、それは世論調査会社の財産
となるもので、当然に漏洩は禁止であろう。だが私が、
1人のTELオペレーターとして、受け答えしたことの大雑
っぱな記憶と、それの把握となれば、正確性にも欠け、
ただの床屋談義として聞いて貰えると思うのだが・・・

Aruiの予想は安倍自民党大敗北です。

7月15日

物凄いボランテイア山本先生

物凄いボランテイア山本敏晴先生       2007年7月15日

先週の七夕、私の69回目の誕生日でした。この日私は、山本
先生の講演を聞くために横浜mm21にあるJICA(独立行政
法人国際協力機構:有名な活動としては青年海外協力隊員を
募集し世界各国に派遣している)のビルに出かけました。その
講演は強烈なインパクトを私に与えてくれました。若し私があの
講演を20代30代の時に聞いていたら、現職の会社を辞めて、
国際協力師になる道に進路を切り換えたかもしれない。そう
言った講演でした。

山本 敏晴氏         http://www.ets-org.jp/ets.html
                  http://www.ets-org.jp/

1965年12月生まれ。宮城県仙台市出身。医師・医学博士・
写真家・国際協力師。12歳のとき、南アフリカ共和国の人種
差別を目の当たりにして以来、開発途上国を中心に、70ヵ国
に及ぶ国々を訪問、各地の撮影を行い、世界中で写真展を
行う。以後さまざまな国際協力団体に所属し、アフリカや中東
で医療援助活動をした後、自らの団体「NPO法人・宇宙船
地球号」を創設。40ヶ国以上でプロジェクトを実施。現在同団体
の理事長兼事務局長。(国際協力師になるために・白水社の
著者略歴より)

今私は「国際協力師になるために」を読み終え、引き続き、
「世界と恋するおしごと・小学館」を殆ど読み終えるところです。
他にも著書多数、上記url参照。

私が受けた強烈なインパクトはなんと言っても先生がアフリカ・
シエラレオネに行き、そこは平均寿命が日本人の半分以下で
乳幼児と妊産婦の死亡率が高く、放っておけば目の前で、そう
いう人たちがバタバタ死んでいく。そこに診療所を建て、1日に
何百人と診察をし、治療を施す。その物凄い行動力です。

一方翻って地球全体を見渡すと、総人口は50億から60億へ
向っているが、多産多死国の多死が減少すると100億への
到達点が急速に手前になってくる。宇宙船地球号をどうするの?
いま人類が依存する燃料は圧倒的に化石燃料であるが、これ
は有限のものである。あと数十年で無くなるもの、数百年で
(実際は石炭の100数十年が一番長くもつらしいが)無くなる
ものと言われているが、要は1000年はもたない。人類の歴史で
1000年なんて一瞬である。水もこのままでは枯渇するらしい。

すると人類はどうなる?今、60億の人類でもアフガンやイラクで
石油をめぐって戦争をしている。100億に近づけば争いはもっと
激烈に、水が無くなれば争いはもっと、あちこちで発生するだろう。
水を奪い合う農耕民族と遊牧民の争いは、調停不能になるかも
知れない。

しかも問題なのは、いま生きていて、この問題を考えなければ
ならない人達は、直接には何の問題も無いことなのだ。私が
死ぬ時は、こういうことに一切関係なしに、脳か心臓か肝臓が
だめになって死ぬ。あ、腎臓かも。山本先生もそうだろうと
思う。私達の孫の代になるとかなり深刻。ひ孫の代なら直面
している筈だ。

国際協力に従事するには、英語が必須で出来れば他の国連
公用語が出来ればなお良い。医師や看護師はとても大事な
仕事だが、私も含めてそうじゃない人が多い。そういう人達も
国際協力には必要で、事業計画の立案と実施状況の中間報告
最終報告、評価や監査、各種団体間の意思の疎通・調整、建物
の建設管理運営、物資やお金の出入りのチェック、人材調達
登用など技術屋や事務屋のやることも多い。こういうことをプロ
としてやるのが国際協力師と山本先生が呼んでいる。その
登竜門が青年海外協力隊で、ここでの実績が有ると、その後の
国際関係の仕事に就く時に役に立つし有利。若い人達に、是非
挑戦して貰いたいものです。

外国語が苦手の大多数はどうする?実際は地球全体のことを
考えると外国語なんかは二の次で、総人口100億時代に備え
ての宇宙船地球号の保全が非常に大切なことが判る。自分が
出すゴミは減らす、再使用する、リサイクルできるように分別を
する。これは皆がやらなければならない。物を買うときは、地球
保全環境保全に熱心な企業の製品を買う。そうではない企業の
製品は買わない(市場から撤退して貰う)。これは外国語が
出来なくても実行できる。私も家内も実行しなければ行けない。
貴方も実行して頂きたい。

さて、私のボランテイアだが、国際展示室に来る幼稚園から小・
中学生を接遇する仕事も大事だが、もう少し自分の語学力を
活かした仕事に就きたいと思う。いくら山本先生の講演に触発
されたからと言って、今から私がカンボジアやミャンマーのNGO
の事務所で、毎日働く・・・うーん、無理でしょうなー。
7月10日

ボランテイア

ボランテイア                    2007年7月10日

JR根岸線本郷台駅から見える丸い建物、あーすプラザでの
http://www.k-i-a.or.jp/plaza/
展示ボランテイアも何回か経験を積んできました。幼稚園生
小学生、中学生、特別支援学校、養護学校、英語で過ごす
幼稚園児(先生が外国人で園児は外国人+日本人))といろ
いろです。

校外学習として見学に来る小中学生の場合は、見学料の
100円が無料になります。但しこの場合は、事前予約制です
から大きいチームが2つ同時刻になることは、有りません。
そうならないように調整されます。ところが、公共の施設です
から、見学料を払ってくる人達(つまり園児とか生徒達)は、
当然のことながら、開園時間内ならいつでも自由に入れます。

先日、校外学習の中学生が100人ほど来館している時に、
養護学校の生徒が40人ほど有料で入ってきて、おたおたし
ました。ボランテイアの手が足りないのです。校外学習で
やってくる場合は、普通は、来館している時間内で、無駄なく
有意義に過ごせるように、行動計画がびっちり組まれています。
民族衣装を着る。インドネシアの民族楽器でキラキラ星とか蛙
の歌等を演奏するとか。バングラデシュ産のジュート(麻の一
種)で組み紐を実際に編んでみるとか。クラス、その中の班毎
に、事前に建てた時間表に従って進行します。

実際に経験して、感じたことは、幼稚園児の民族衣装試着は、
一旦始まると戦争状態です。私もー、僕もー、あれ着る、これ
を着たいと一斉砲火となること。中学生(この場合、試着の
手伝いは、女性ボランテイアのみがやります)の女子になると、
衣装を選ぶのも真剣そのものです。

インドネシアの民族楽器、竹製のアンクルンは奇麗な音が出
ます。http://koizumi-.hp.infoseek.co.jp/take-unklun.htm
これの実演は皆真剣に取り組みます。一人1音なので、多くの
生徒が一時に参加できますが、自分の回数がうんと少ない人
も出てきます(ラとかシの音)。

意外だったのは、特別支援学校、養護学校の生徒達が、アジア
各国の民族衣装を着たマネキンの前に立った、あるいはその
ホールの中に入った瞬間に、怖いーと叫んだことです。マネキン
はデパートに有るそれのように青い眼の外国人にする訳にいか
ず、目を書いてないマネキンなのです。

もう一つ意外だったのは、中学生の組み紐体験でした。男子も
女子も、インストラクターの指導に従って一生懸命に編むのです。
10cmにもならない組み紐を編み始めると、それぞれ個性が
出てきます。「面白い、俺これに嵌った」と言って夢中になる子。
「俺、こういうの下手だと言うことが判った」とのんびりやる子。
皆から離れて一人黙々とやる子、いろいろ居て面白いです。

ボランテイアは申告制で自分が都合がつく日に参加すれば良い
のが原則です(月に3回が目標)が、大人数の校外学習が入っ
たりすると、館側から、ボランテイアが足りないので出られる人、
出てくださいと言うe-mailが入ります。私はこういう時は、可能
な限り出るようにしています。
7月4日

風林火山ー最終回ー

風林火山の時代考証-3-最終回      2007年7月4日

今日で最後の講演となりました。第6回目「戦国大名と足軽
たち」講師は山梨県立博物館学芸員、西川広平先生です。
この博物館には、山本勘介の内野聖陽さんも、武田信玄の
市川亀治郎さんも訪れて、いろいろな文献や展示物を具に
見分し、驚くほど細かい点まで質問をし、役作りのイメージの
参考にされたそうです。

今回の講演では、私が心に決めていたことが有ります。それ
は、次のことを質問することです。それで今日は前から3列目
の席に座り、一言も聞き洩らすまいと熱心に聴きました。

それは雑兵のことです。歴史小説でもTVドラマでも、武田信玄
はスターです。今回は山本勘介もスターです。あることないこと
華々しく取り上げられドラマに仕立て上げられて行きます。でも
名も無き雑兵達はどんなだったのだろうか?このことが、いつも
頭の中を過ります。

私が知りたかったこととは、こういう雑兵達は、普段は何をして
いたのだろうか。若し、普段は農民で、戦(いくさ)の時に駆り出
されて、戦(たたかい)に従事させられるのなら、その徴兵には
何かルールは有ったのだろうか。例えば○○村の吾作は、前回
の戦に駆り出されたから今回は出なくて良いとか。出るなら給料
はどうなるんだろうかとか、主(あるじ)が駆り出された家の留守
家族には何か手当が出るのだろうかとかです。

講演が終わり、何か質問は?となって真先に手を上げて、この
ことを聞きました。先生の答えは明快でした。曰く。雑兵と言う
のは普段は農作業をしていて、戦時には戦に駆り出されると
言うふうに理解されてきましたが、(TVドラマなどでも、そういう
設定が多いように思う)最近の研究で、そうでは無いことが判って
きました。農民は領主、お館様には、年貢を払います。雑兵、
つまり兵士は年貢を払わないで良い替わりに、何かあれば、領主、
お館様の為に働く、そういう役割分担がはっきりしていたそうです。
つまり、農民は農民で兵役の義務は無かったということになります。

西川先生の研究では、武蔵相模を治めていた北条家の記録を
調べた結果、農民を戦に徴用したのは2回だけとのこと。1回目
は、1569年武田家が攻めてくることになった時、武蔵相模存亡の
危機であると訴えて、農民にも戦に参加して貰ったそうです。それ
も戦場での戦では無く、後詰め、兵が出た後の城を守って貰う役目
だったとのこと。

2回目は1590年、豊臣が攻めてきた時、この時は、関東全体の危
機であると言うことで、農民の参戦を要請し、しかも20日間に限る
と言う時限立法で実現したとのことである。こういうことを教えて
貰って判ることは、案外、農民って強かったんだな、更に、昔でも
結構、合理的に処理してたんだなと言うことです。聞いて良かった。